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東京地方裁判所 昭和28年(タ)232号 判決 1954年8月24日

原告 鈴木順子

右代理人 永野謙丸

被告 僧格

主文

一、原被告間の昭和二十五年九月五日の届出による婚姻の無効であることを確認する。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告は、

主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、

一、原告は、昭和六年三月二十五日、岡山市で出生し、肩書本籍地に本籍を有する日本人であり、被告は、肩書本籍地に籍貫を有する、大正十二年生の中華民国人である。

二、原告の戸籍には、原告が、被告と、昭和二十五年九月五日、婚姻の届出を了して、婚姻した旨の記載が為されて居る。

三、原告の戸籍に、右の様な記載が為されるに至つた経緯は、以下の通りである。即ち、原告の姉訴外鈴木延子は、日本に留学して居た印度支那人訴外ハーツーと知り合ひ、昭和二十三年四月頃、事実上の婚姻を為して同棲し、同年十一月十五日、その届出を了し、その後、その間に一子をもうけたが、昭和二十五年夏頃に至り、右訴外ハーツーは、印度支那へ帰国を決意したが、当時印度支那人と婚姻した日本人の、日本国よりの出国は、不可能な事情にあつて、妻である前記訴外延子及びその子供を伴つて帰国することが出来なかつたので、その出国の方法を考へて居たところ、偶々、訴外ハーツーの友人である被告が、中華民国人で、同年秋頃帰国の予定であつたのを知つたので、同人に右訴外延子等を同伴せしめて、取敢えず中華民国へ渡航させようと計画し、その目的を達する為め、右訴外延子と相謀つて、同訴外人を被告の妻とし、その子を被告と右訴外延子との間の子として、被告と同行させようとしたが、右訴外延子は、既に、前記訴外ハーツーと婚姻して居て、被告と婚姻したようにすることが出来なかつたので、右訴外延子は、未婚であるその妹の原告の氏名を称して、被告と婚姻したことにし、右目的を達しようと計り、その頃、同訴外人は、原告であると称して、当時、東京都内にあつて、在日中華民国人関係の事務一切を取扱つて居た華僑総会に対し、被告との婚姻の届出等の手続を為し、前記ハーツーとの間の一子は、被告と原告との子であると称して、渡航手続一切を了し、一方、原告の氏名を称して、昭和二十五年九月五日、被告との婚姻の届出を了し、戸籍上の手続を済ませた上、形の上の被告の妻であるとして、昭和二十五年十月九日右一子を伴つて、被告と共に日本を出国して、中華民国に渡航したのであつて、この為め、原告の戸籍に、前記のような記載が為されるに至つた次第である。

四、原告は、右の様な経緯があつたことを全く知らずに居たのであるが、その後、実兄の鈴木新が、必要があつて、戸籍謄本の下附を受けた際、之に前記の様な記載のあるのを発見したので、前記華僑総会について調査したところ、前記経緯が判明するに至つたものである、従つて、原告は、被告を全然知らないのであつて、况んや婚姻の意志などは毛頭なく、又婚姻の届出をしたこともなく、婚姻の届出の為されたことも全く知らず、すべて、前記訴外ハーツーと訴外延子とが、相謀つて、したもので、原告は、何等関知しないところである。

五、以上の次第で、原被告間の、昭和二十五年九月五日の届出による婚姻は、無効であるから、その確認を得て、前記戸籍の記載を抹消し度く、本訴請求に及んだ次第である。

と述べ、

立証として、……≪中略≫を援用した。

被告は、

公示送達による適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しない。

理由

一、原告が、日本人であることは、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)によつて、被告が、中華民国人であることは公文書である甲第五号証(華僑登記票)によつて、孰れも、明白である。而して、被告が、日本に在住して居ないことが、右甲第五号証及び証人鈴木新の証言によつて知られるので、日本国の主権下にある原告に於て、被告との間に、形式的に存在するに過ぎない婚姻関係の、実質上の不存在を、一方的に、確定することを求めるもので、被告は、右婚姻関係の形式的当事者であると言うことだけによつて、その関係を、具体的関係として表示する為め、単に、形式的に、本件訴の被告とされるに過ぎないと言う関係にあるのであつて、(本件は、後記認定の通り、婚姻無効について、実質上の争があるのではなくて、戸籍上の婚姻の記載の抹消、即ち、戸籍上の記載がある事によつて生ずる形式的婚姻関係を、その記載の抹消によつて、消滅させることを目的として居り、実質上は原告に於てのみ、判決の効果を受ければ足るもので、被告に対し、実質的効果の及ぶことは、少くも必要として居ない)、而も、その不存在を、原告側に、一方的に、確定する判決があれば、その判決は、少くとも、原告に対しては、有効であると解し得られるから、原告は、之によつて、その目的たる戸籍上の記載の抹消を為し、その記載によつて生じて居た形式的婚姻関係を、一方的に、抹消させ得るので、被告に対し、日本国の主権が及ばなくとも、原告に対する関係だけで、裁判権を行使し得ると解せられるから、本件訴については、日本国の裁判所に、その裁判権があると為すべきである。

二、原告の戸籍に、原告主張の婚姻の記載があることは、公文書である甲第一号証(戸籍謄本)によつて、明白なところである。

三、右記載が、原告主張の経緯によつて、為されたものであることは、証人鈴木新の証言並に原告本人尋問の結果及び公文書である甲第六号証の二(証人尋問調書)、同第一号証(戸籍謄本)、同第五号証(華僑登記票)、同第四号証の一(証明書)、同号証の二(結婚登記声請書)と右証人の証言並に原告本人尋問の結果によつて成立を認め得る甲第二号証の一(何延子―訴外鈴木延子と同一人―の手紙)、同号証の二(同上の封筒)、同第三号証(訴外ハーツーの置手紙)とを綜合して之を認めることが出来る。

四、婚姻成立の要件についての準拠法は、法例第十三条によつて、各当事者の本国法とされて居り、且、本件に於ては、原告に無効原因があると主張されて居るのであるから、本件に於て、準拠法となるのは、原告の本国法たる日本国民法である。

五、仍て案ずるに、前記認定の事実を徴すると、前記戸籍の、原告と被告との婚姻の記載は、原告不知の間に、他人によつて為された、婚姻の届出に基くもので、原告は、被告を全然知らず、被告と婚姻をする意思のなかつたことは勿論、被告との婚姻の届出を為したこともないことが、明白であるから、右戸籍の記載に対応する婚姻は全く存在して居ないのであつて、原被告間の、昭和二十五年九月五日の届出による婚姻は民法第七百四十二条によつて、無効である。

六、然るところ、之を有効であるが如くに、戸籍に記載されて居るのであるから、之を抹消する必要のあることは、多言を要しないところであるが、この記載の抹消は、身分関係に重大な影響を及ぼすので、判決を得て、之を為さなければならないから、原告は、前記婚姻無効の確認判決を求める正当の利益を有する。

七、以上の次第で、原告の本訴請求は、正当であるから、之を認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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